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盛岡地方裁判所 昭和50年(行ウ)1号

原告

財団法人総合花巻病院

右代表者理事

佐藤隆房

右訴訟代理人弁護士

田村彰平

被告

岩手県地方労働委員会

右代表者会長

榊原孝

右指定代理人

大橋今朝男

阿部長吉

参加人

花巻病院労働組合

右代表者執行委員長

阿部正見

参加人

阿部正見

右参加人両名訴訟代理人弁護士

菅原一郎

菅原瞳

山中邦紀

主文

1  被告が岩労委昭和四五年(不)第五号不当労働行為救済申立事件(申立人花巻病院労働組合、同阿部正見、被申立人原告)について、昭和五〇年二月一九日なした命令中、第1項「被申立人は、申立人阿部正見に対する昭和四五年一一月六日付解雇を取消し原職に復帰させるとともに、解雇の日から原職復帰にいたる間同人が受ける筈であった賃金及び諸手当相当額を支払わなければならない」の全部及び第3項中、記の文書に「(イ)当時花巻病院労働組合副委員長であった阿部正見を解雇し」とある部分をいずれも取消す。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告、参加人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が岩労委昭和四五年(不)第五号不当労働行為救済申立事件(申立人花巻病院労働組合、同阿部正見、被申立人原告)について、昭和五〇年二月一九日なした命令を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  参加人阿部正見(以下阿部という)は、もと原告財団法人総合花巻病院の従業員であったものであるが、同参加人と参加人花巻病院労働組合(以下、参加組合又は単に組合という。)が昭和四五年一二月一二日、被告岩手県地方労働委員会(以下、被告又は被告委員会という。)に対し、不当労働行為救済の申立をしたのに対し、被告委員会は、昭和五〇年二月一九日、別紙命令書のとおり、概ね、被申立人(原告財団法人総合花巻病院、以下、原告又は単に病院という。)は

(一) 申立人阿部に関し、

昭和四五年一一月六日の阿部に対する解雇(以下、本件解雇という。)を取消し、以後の給与を支払うこと

(二) 申立人組合に関し、

(1) 施設利用を拒否しないこと

(2) 前記解雇、組合の上部団体加入に対する妨害及び右施設利用拒否について謝罪の掲示をなすこと

を骨子とする救済命令(以下本件命令という)を発した。

2  しかしながら、本件命令には、事実を誤認し、かつ、法律上の判断を誤った違法があるから、その取消を求める。

二  請求原因に対する被告及び参加人らの答弁

請求原因1の事実は認め、同2の主張は争う。

三  被告及び参加人らの主張

1  本件命令は、労働組合法二七条、労働委員会規則四三条に基づき適法に発せられた行政処分であって、次の2及び3の主張を加える外、処分の理由は別紙命令書の第一認定した事実、第二判断及び第三法律上の根拠に記載のとおりであり、本件命令には原告主張のような違法はない。

2  阿部に対する本件解雇は不当労働行為である。

(一) 阿部が浴場管理をするに至った経過は、原告が新たなボイラーを設置するにあたり、人事配置に何らの措置もとらず、佐々木ノブが操作方法の説明を不十分にしか聞いていなかったうえ、「腕が痛いし、背も低いし、そんな高い所へとどかない」とボイラーの操作を回避し、鈴木孝治ボイラーマンに「お前がやったら」と言われたりしたのでボイラー焚きを担当することになったもので、女子患者の入浴日である火、木、土を担当したのは、火、木、土にボイラーを焚くことになっていた結果である。

(二) 阿部が浴室に立入った理由は温水タンクの湯を出すためで、また温水タンクの湯を出している際、浴室の水蛇口を開放されると空焚きの危険があるので、湯を出している最中に患者が水蛇口を開放しないようにするためであって、不純な目的からではない。また、温水タンクの湯を全部放出するのに約七、八分かかるが、その間、湯の下の方に錆が水で溶けたようなものがあるので、それを浮きあがらせ、浴槽外に排出するために浴槽を攪拌したのであり、この行為が患者に迷惑感を与えたとしても、阿部としてはサービスのつもりであったのであって、配慮の足りなさを指摘しうるとしても、主観的には全く善意であったのであるから解雇理由にはなりえないものである。

(三) また原告の指摘する穴は存在するが、阿部は、その穴を自らセメントでふさごうとしたり、ボイラー室の穴の部分に布をかけてふさいだりしているのであって、のぞき見はしていない。

(四) 阿部は従来信頼し、個人的にもつくしてきた病院長から切崩を受け、その後の数か月に及ぶ賃上げ斗争の際の病院側の態度に強い不信感を持つに至ったうえ、一〇月二二日に手渡された通知書に事情聴取の目的が懲戒免職と記載されていたことと、他の者から「首にするいい材料ができたな」と聞かされていて、調査に対し極度の警戒心を持っており、また、阿部は副院長の調査の進め方にも不信を持ったのであるから、阿部が反抗的、戦斗的な態度に出たとしてもやむをえない面がある。

(五) 解雇の真因は、同人が、岩手医労協の指導を受けた組合の賃上げ斗争において、副委員長として重要な役割をはたすなどして活発な組合活動を行ったために、原告がその報復として本件解雇を強行し、また、同時に組合の中心となっている阿部を解雇することによって、組合内部に動揺を生じさせ、ようやく斗う姿勢を固めつつあった組合の団結を破壊させることを意図して強行されたものであり、本件解雇は労働組合法七条一号、三号に該当する不当労働行為である。

3  施設利用については、全国の医療関係の労働組合は大部分病院内に事務所をもち、病院内で集会等種々の組合活動を行い、集団交渉を含む団体交渉を病院内で行っている。岩手県内の各病院においても同様である。昭和三八年二月二八日に参加組合が発足して以来、参加組合は病院内の講堂、図書室などを原告から借りて使用し、原告は問題なく右施設利用を認めてきたのであって、参加組合が岩手医労協に加入した後である昭和四五年六月ころから原告の態度が急変し、一切の施設利用を合理的な理由もなく、専ら、参加組合の組合活動の弱体化を意図して拒否してきたのである。若し、参加組合が岩手医労協に加入さえしなければ、そのまま施設利用を認めつづけたであろうことは明らかであり、かかる施設利用に関する労使関係を専ら組合活動を弱体化させるために一方的に破棄する行為は不当労働行為以外のなにものでもない。

四  被告及び参加人らの主張に対する原告の答弁

1  阿部に対する本件解雇は、同人が病院職員としての適格性に著しく欠けるためであって、同人の組合活動と本件解雇との間には因果関係がない。すなわち

(一) 同人は、昭和四一年三月一七日労務員として雇用されたもので、その職務内容は院内外の清掃、その他の軽作業であったが、昭和四五年五月の始めごろから、事実上入院患者用の浴場を管理するようになった。

すなわち、本来浴室用ボイラーの担当は女子労務員の佐々木ノブで阿部の職務外のことであったのに、たまたま昭和四五年五月初めころ、浴場のボイラーを新しくつけかえた際、同人が立会ってボイラー屋から、その操作方法を聞いたことから、このボイラーは女子労務員でも操作できるものであるにも拘わらず、新しいボイラーの操作は女子には困難だとして病院に無断で勝手にボイラー焚きをするようになり、火、木、土の女子患者の入浴日を担当するようになった。月、水、金の男子入浴日は他から蒸気を送ってよこすためボイラーを焚かなくてもよいからということで、従前どおり佐々木ノブに担当させた。かように女子の佐々木ノブに男子の入浴日を担当させ、男性の阿部が女子の入浴日を担当すること自体常識に反することである。その上、同人はボイラー室と浴場の水道栓に通じる穴から入浴中の女子をしばしばのぞいていた。また、約一五分間も浴場に立ち入り、入浴中の女子患者が嫌がるのを無視して浴槽をかきまわしたり、「いっしょに入って背中を流してやろうか」などとからかったりした。同人は、浴場に立ち入ったのはボイラーが空になるのを防ぐためとか、患者に気持よく入浴してもらうため浴槽をかきまわしたとかいうが、まったくその必要がないものであり、浴場の管理に名をかりて長時間女子患者の入浴中みだりに立入り、女子患者の嫌がるのを無視して強引に居すわって女子患者に羞恥と屈辱を与えたものである。同人のこれらの行為に対しては、六月二七日ころ、女子患者から苦情が出て病院側に発覚した。

(二) およそ男性が女性が裸体になっているところに立ち入らないようにすることは当然のことで、同人の行為は頗る常識に反し、病院の秩序を乱し、その信用と権威を失墜するものであり、とくに病院は入院患者が家庭を離れて病院に身柄を委託しているものであることにかんがみ、その信頼に答えて迅速適切な医療方法を講ずると共に、男女の別により病室を別にし、患者が平静な気持で安心して医療を受けられるよう配慮しなければならない。人の生命身体を預る病院において特にその社会的信用が重視されなければならないゆえんである。それには医師及び病院職員の患者に接する態度が大切であり、医療従業者は他の職業に比較して、より高い品性が要求されるのである。阿部は、本件事件発覚後、一度も陳謝反省の意を表わしたことなく、副院長佐藤進が後に事情聴取をした場合の態度は尊大、横柄をきわめ、全く喧嘩腰で、自己の正当性を強弁するのみで反省の態度がみられなかった。結局、阿部に医療従業員としての高い品性、清潔感、常識ある行為を要求することは無理でありもはや反省を促すような処分をもってはたらず、病院職員としての適格性に欠けるものとして病院は同人の解雇にふみきらざるを得なかったのであり、右処分は正当なもので、阿部が当時労働組合副委員長の地位にあったことは、いささかも関係がない。

2  次に施設利用の問題については

(一) そもそも使用者に施設を提供するなどして便宜を供与する義務が本来的にあるわけではない。

(二) 被告は別添命令書第二判断第四項において、昭和四五年六月以前においては病院施設を組合活動のために貸与する労使慣行があった旨認定しているが、その認定の具体的根拠が明らかでない。地労委における証人前委員長菊池英雄は磨工室やザール(地下の手術室)を利用したことがある旨述べているが、これは無断で事実上使用したにすぎないし、また講堂、図書室を利用したことがあるとしても、これをもって直ちに施設利用の労使慣行が成立しているとみるべきではない。むしろ組合事務室の貸与を申出て拒否されている事実、昭和四四、五年ころに市内の料理屋を借りて組合の総会を開いておる事実を重視すべきである。

一般に、労使慣行は、労使間の暗黙の合意がそこに存在すると認められるが故に、その拘束力が承認されるものと考えられるのである。つまり相当長期間同種の行為を反覆することにより労使間の合意が認められねばならないのであるが、本件施設利用の具体的事実をみた場合に、そのような合意を認定するに足る長期間の具体的事実の積み重ねがないのである。それなのに安易に原告の施設管理権に対する制約を認めることは失当である。

(三) また病院の特殊性にも配慮が払われるべきである。

病院は、病気治療のため通院又は入院により身柄を病院に委託している患者を心身共に安静ならしめ、安心して治療を受けさせる場であり、その目的を達するためには患者が安心して医療を受けられるような雰囲気を持たせることが必要であり、労使紛争にみられるとげとげしい空気は病院にそぐわないものである。それならばこそ、院内の平穏を維持するため病院では団交においても病院外の他の場所を借りて行っているのであって、病院においては最少限の広さの事務所の供与(労組法二条二号)もなく、まして組合活動の各種の集会に施設を貸与することを義務づけることは許されない。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  原告は本訴において被告委員会のなした本件命令が違法なものであるから取消されるべきであると主張し、被告及び参加人らは、原告病院が阿部に対してなした本件解雇及び組合に対してなした病院施設利用拒否等はいずれも不当労働行為であって本件命令は適法であると主張するので、以下、これについて判断する。

1  (証拠略)によれば次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

すなわち

(一)  昭和三八年二月ころ、原告病院の職員は、花巻地区医療労働組合を原告病院外に結成し、岩手県医療労働組合協議会(以下、医労協という。)を上部団体とした。原告は、右組合及び職員が医労協の影響下にあることを嫌い、その頃原告病院長(理事)自らが、右組合員を個別に院長室に呼んで、右組合からの脱退を要求するほか、原告病院内に別個の組合を作るように働きかけた。そのため、間もなく原告病院内部に花巻病院労働組合(参加組合)が結成され、それに伴って前記組合から多数の組合員が脱退し参加組合に加入したため、前記組合は壊滅した。原告病院は、新しく結成された参加組合に対しては、好意的な態度をとり、組合も争議行為など行わずに活動していた。

ところが、昭和四五年三月ころに至り、栄養士の配置転換問題が発生し、組合が右配転反対闘争を行なうに際し、医労協の指導を受け、それとともに同年四月ころ医労協に加盟した。右加盟に前後して、原告病院長は、参加組合の医労協加盟を懸念し、病院長自ら院長室において、組合委員長菊池英雄に対し、上部団体とのつながりを持たないように説得し、また、そのころ組合書記長佐々木正良に対しても数度にわたり、医労協に加盟しないように加盟推進者を説得するよう依頼し、その際同人に現金を供与しようとして拒否されたが、その後の同年五月には出産祝という名目で同人に現金一万円を供与し、更に同じころ組合副委員長阿部正見を院長室に呼び組合が医労協に入らないようにしてくれ等と説得し、その際同人に新築祝の名目で現金二万円を供与し、またそのころ、病院給食係主任の組合員伊藤寛三、同係の組合執行委員中島弘外三名(いずれも病院内では年輩者であった。)を院長室に呼び、医労協に入らぬように要求した。その後の同年六月ごろから、賃上げをめぐって原告と組合との対立が激しくなり、同年一〇月三日に地方労働委員会から出された調停案を原告は同月一三日に受諾したが、その調停案の解釈をめぐって再び紛糾し、同年一一月一六日に同委員会から右解釈について説明があったが、紛糾はなおも続き、同年一二月には組合はストライキの体勢を取った。こうした中で、原告は、以前は、組合の大会・執行委員会等の集会における講堂等の病院施設利用については、使用許可願書を提出させるが、これを不許可にすることなく、組合に使用させていたのに、組合の活動が原告に対立的となった同年六月以降、病院施設を利用させる義務はないとしてその利用を拒否するようになった。その後も、原告病院長は、昭和四六年度新規採用者に対する就業規則説明の際、組合に入らないようになどと発言し、新規採用者で組合に加入した者は、ほとんどなかった。そこで遂に、昭和四六年三月二九日組合から組合員に対する差別や組合への支配介入を絶対にやめること等を要求する要求書が原告に出され、原告は同年六月一七日支配介入をしない旨の誓約書を組合に出すなどし、更に同年一一月原告は、組合が配布したビラの内容などを問題にして、同年五月から組合書記長の地位にあった高橋静枝に対しけん責等の懲戒処分をした。

(二)  組合の副委員長阿部正見の解雇問題が発生したのもあたかもこの時期に当る。すなわち同人は、昭和四一年三月、原告に労務員として採用され、同四三年病院長宅敷地内の家屋を無料で借りて住み、院長の個人的な雑用もたしながら、病棟内の清掃、清掃状況点検調査、病室管理、特等病室付設浴室管理等の業務に従事して勤務し、他方、同四二年六月組合の書記次長、同四三年六月副執行委員長に就任して活発に組合活動を行っていたところ、昭和四五年六月下旬、後記2(二)に認定した同人の浴室立入り等の言動が被害者たる女子患者の申出により発覚し、同月三〇日、同年一〇月二七、二九日、同年一一月四日、右の点につき原告病院は阿部に対し事情聴取を行いその結果、同月六日原告は同人を(通常)解雇(本件解雇)するに至ったものである。

2  本件解雇について

(一)  阿部の解雇の理由は、(証拠略)によれば、要するに、同人は昭和四五年五月ころから六月ころにかけて原告病院内一般入院患者浴室において、女子患者が入浴中、浴室に立入り、女子患者に恥しい思いをさせ、原告病院の名誉を傷つけたが、かかる行為をなした同人は原告病院従業員としての適格性を欠くということであることが認められる。

(二)  (証拠略)によると次の事実が認められ、(証拠判断略)、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

すなわち、

阿部は昭和四五年五月から、原告病院の一般入院患者用風呂を同浴室付設の新設ボイラーでわかす業務にも従事していたが、同年六月二三日(火曜日)の女子患者入浴日に、佐々木聖子(当時高校二年生)、伊藤光子の両名が入浴のため裸になって右浴室の湯蛇口を前にしてかがみ込んでいたときに、阿部は、右浴室に入り込み、同女らが恥しさの余り浴槽に入り込んだところ、同女らの胸元の給湯蛇口に手をのばしてその栓をひねって湯を注ぎ足し、浴槽の湯を板で何回もかき回したり、一緒に入って背中を流してやろうかなどと話しかけ、数分間右浴室内に止まり、その間、たまりかねた同女らの一人から湯をかけられたこと、また、別の機会に、しばしば女子患者が裸になっている右浴室内に立入り、湯を出すのを見守ったり、浴槽の湯を板でかき回したりし、また、女子患者が入浴しようとする時に、その後を追って浴室に入るなどし、女子患者をして羞恥、困惑させ、その非難を買うことがあったことが認められる。

はたして然らば、右入浴中の女子患者らが阿部の右各言動により多大の不快感を覚えたであろうことは容易に想像することができるから、原告病院における患者の入浴は、温泉ないし銭湯等における入浴とは自ら異なり、娯楽・休息を目的とするものではなく、患者に対する治療の一環として行なわれていることを考え併せると、右認定のごとき阿部の女子患者らに対する言動は、病院従業員として不謹慎、非常識であると評価されてもやむをえないところであり、阿部の右言動は、原告病院の名誉を毀損する行為というほかはない。

これに対し参加人らは、阿部の女子入浴日における浴室管理は病院了解の下でのやむをえない業務であったとか、浴室立入りは空焚きの危険防止のためであり、浴槽のかき回しはその浄化のためである旨主張するが、証拠上納得し難いのみならず、仮に、空焚きの危険や浴槽浄化の必要が認められたとしても、その危険防止や浴槽浄化のためには必ずしも浴室に立入ることを要しない方法・措置(証拠上も明らかである。)が容易に考えられたものといわざるをえず、参加人らの右主張は阿部の前記言動を正当づけたり、前判断を左右したりするものではない。

(三)  尤も前記1認定のごとき組合の医労協加盟をめぐって示された原告のこれに対する嫌悪、賃上げ及びその調停案をめぐる原告と組合との対立、原告の組合による施設利用拒否、組合書記長高橋静枝に対する懲戒処分など本件解雇の前後における原告の一連の行為と組合との対立状態及び阿部の組合における地位、役割あるいは医労協加盟前における阿部と院長との個人的な関係等の各事実に照らすと、原告は、組合が原告の嫌悪する医労協に加盟し、阿部が院長の説得工作にもかかわらず右加盟に参画して原告と対立関係に立つに至り、また、原告と組合とを対立状態に至らしめたことから、阿部が最早原告の意のままにならないものとして厄介視し、ひいてはこれが本件解雇の動機を形成するに寄与することがあったと推認すべき一面がないではない。被告が本件解雇を結局において不当労働行為とみたのもこのためと解せられる。しかし、およそ不利益取扱たる解雇につき、組合活動の外に解雇理由が競合して存在する場合に、使用者の主張する解雇理由が社会通念上解雇に価することを首肯せしめるに足る程度に合理性のないものであるならば、その解雇は使用者の主張する解雇理由の故になされたものではなく、使用者が被解雇者の組合活動を嫌悪する余りこれを解雇したものとして、それを不当労働行為意思に基づく不当なものということは出来るが、解雇理由がそれ自体で理由があり社会通念上解雇が不合理といえないときには右解雇を直ちには不当労働行為といえない道理である。当裁判所の判断によれば本件解雇はこの後の場合にあたる。けだし、本件においては前記1(二)および2(二)に認定のとおり、阿部の言動が第三者である女子患者ら多数のひんしゅくを買い、原告としては、かかる阿部に対し、解雇以外の措置を執るのみでは、原告の社会的信用を失墜させ、原告病院の維持、存続にも少なからざる障害を及ぼすと考えたことが十分にうかがわれるのであり、弁論の全趣旨から考え、これが本件解雇の決定的理由になったとみられるからである。従って、本件解雇が不当労働行為意思に基づく不利益取扱ないし支配介入であるとの被告、参加人らの主張は採用することができない。

3  病院施設利用拒否等について

(一)  (人証略)によれば、岩手県下の多くの病院で、労働組合が病院施設を集会等に利用している事実が認められ、参加組合においても昭和四五年六月までは、組合の執行委員会、大会等の集会の用に、その都度病院の許可のもとに(許可されないことはなかった)、講堂その他の施設を利用してきていたことは前認定のとおりである。

ところが、前記1認定のように、あたかも組合が医労協に加盟し、原告の意に副うような労使関係が崩れた時期に、これを境として病院は従前の施設利用を拒否するようになった。原告がこの時期に従来の例を破り病院施設を組合に利用させることができないとする特段の正当な事情は証拠上認められないから、原告は病院施設を組合に利用させないことによって組合活動の弱体化を図ったものとみられても仕方なく、特段の正当な事情もなく従来の慣例を無視して、組合の病院施設利用を拒否する原告病院の行為は、組合の運営に対する支配介入にあたるから、被告がこれをもって労組法七条三号に該当する不当労働行為であるとしたことに原告所論の違法はない。

(二)  そのほか、原告が、参加組合が上部団体に加入することを妨害しようとしたことが不当労働行為であるか否かについても、前記1に認定したとおり、組合が医労協に加盟した四月ころ、病院長が組合三役である菊池委員長、阿部副委員長、佐々木書記長に対して、上部団体に入らないようにとか、医労協への加盟を阻止するようにとの趣旨の説得をし、また、その際佐々木、阿部に現金を供与し、また、給食室の従業員に対して、院長室において、医労協に加盟しないようにしてほしい旨の話しをしたりしたことが明らかである。

病院長のこれらの行為は、組合が医労協に加盟しないことの結果を具体的に求めたものというべきであって、組合の運営を支配介入する意思のもとになされた発言及び現金供与と推認されるから、これらの行為をとらえて労組法七条三号に該当する不当労働行為にあたるとした被告の判断は正当なものとして首肯することができる。

三  以上のとおりであるから、被告が、原告が組合の病院施設利用を拒否したり、組合が上部団体に加入することを不当労働行為と認めて、本件命令において原告に対し、今後組合の病院施設の利用を拒否してはならない旨を命じたこと及びこの種行為を繰返さない旨を誓約した文書の交付を命じた点は、いずれも正当であるが、阿部正見に対する本件解雇を不当労働行為と認めてなした救済の命令は、本件解雇は不当労働行為にあたらないにもかかわらずこれを不当労働行為であると認定した違法がある。よって本件命令の取消を求める本訴請求は、右の限度において理由があるのでこの範囲で認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老澤美廣 裁判官 樋口直 裁判官原田卓は転補につき署名捺印することが出来ない。裁判長裁判官 海老澤美廣)

別紙 命令書

申立人 花巻病院労働組合

代表者執行委員長 阿部正見

申立人 阿部正見

被申立人 財団法人総合花巻病院

代表者理事 佐藤隆房

主文

1 被申立人は、申立人阿部正見に対する昭和四五年一一月六日付解雇を取消し原職に復帰させるとともに、解雇の日から原職復帰にいたる間同人が受ける筈であった賃金及び諸手当相当額を支払わなければならない。

2 被申立人は、従来の労使慣行を無視して特段の理由もなく申立人花巻病院労働組合の被申立人病院施設の利用を拒否してはならない。

3 被申立人は、本命令交付の日から七日以内に申立人花巻病院労働組合に対して下記内容を記した文書を交付しなければならない。

昭和 年 月 日

花巻病院労働組合

執行委員長 阿部正見殿

財団法人総合花巻病院

理事 佐藤隆房

財団法人総合花巻病院は、岩手県地方労働委員会の命令により、

(イ) 当時花巻病院労働組合の副執行委員長であった阿部正見を解雇し

(ロ) 花巻病院労働組合が上部団体に加入することを妨害しようとしたり

(ハ) 従来の労使慣行を無視して特段の理由もなく花巻病院労働組合の病院施設利用を拒否したり

などした行為がいずれも不当労働行為であったことを認め、今後この種行為を繰返さないことを誓約します。

以上

4 申立人等のその余の申立は、これを棄却する。

第1 認定した事実

1 当事者

(1) 被申立人財団法人総合花巻病院(以下「病院」という。)は大正一二年花巻共立病院として設立され、昭和二六年ごろ財団法人となり、昭和四六年二月当時の従業員数は一四六名で、入院患者約一七〇名を収容している。

(2) 申立人花巻病院労働組合(以下「組合」という。)は、病院の従業員をもって昭和三九年二月末頃に結成された労働組合で、本件申立の昭和四五年一二月当時における組合員は八七名であり、岩手県医療労働組合協議会(以下「医労協」という。)及び日本医療労働組合協議会に加盟している。

(3) 申立人阿部正見(以下「阿部」という。)は、昭和四一年三月上旬、病院の従業員となり、昭和四二年五月組合の書記次長に、昭和四三年六月以降同副執行委員長に就任していたところ、昭和四五年一一月六日病院を解雇になった。

その後阿部は、本件申立当時の組合の執行委員長菊池英雄が昭和四六年三月病院の経理課長に登用され非組合員になったので同人の後を受け継ぎ組合の執行委員長に就任して現在にいたっている。

2 組合結成の事情と労使関係

(1) 昭和三九年一月頃医労協の指導のもとに病院の従業員が中心となって花巻地区医療労働組合が結成され、結成時同組合に加入した組合員七六名は全て病院の従業員であった。

同組合が結成された直後、病院の内部においては医師を中心に企業内組合結成の動きが起り、かつ、病院長の働きかけもあって、同組合は短期間のうちに多数の脱退者を出し、同年二月には事実上組合組織は壊滅状態となり、新たに企業内組合として本件申立組合が医労協とは無関係に結成された。

しかし、結成された組合に前記医師は一人も加入しなかった。

(2) 組合結成後組合が昭和四五年医労協から再度指導を受けるに至る頃までの間における労使交渉は、病院側は病院長一人、組合側は執行委員長等幹部役員三名程度という構成で行われ、その交渉の状態は、組合側が病院長にお願いするという姿勢で行われており、いわゆる実力行使を背景として行われる対等の立場に立っての交渉と認められるものではなかった。

昭和四五年五月一九日病院の副院長であり理事であった佐藤進(以下「副院長」という。)が労務担当理事になってからは、病院における労務関係は一切副院長が担当することとなった。

(3) 昭和四五年三月栄養士藤井清子の配置転換問題が発生し、その対処に窮した組合は医労協に応援を求め、同問題に関する交渉権限を同医労協の川口議長、浅沼事務局長、大黒常任幹事の三名に委任した。

これにより、医労協と病院の組合側との関係が復活し、同年四月頃組合は医労協に加盟した。組合は医労協に加盟の当初は病院側に対して加盟の事実を明らかにしなかった。

3 病院長の佐々木正良と阿部正見に対する金銭提供について

(1) 病院長は、かねがね病院の労働組合が医労協に加入することは好ましくない旨を意思表示しており、昭和四五年組合が医労協に加盟した前後を通じては、当時の組合三役である菊池英雄(執行委員長)、阿部正見(副執行委員長)、佐々木正良(書記長)等に対して、医労協への加盟はできるだけ阻止するようにとか、上部団体には加入しないようにとの趣旨のことを話した。

(2) 病院長は、昭和四五年四月中旬頃院長室において給食係の伊藤寛三(給食係主任)、同富沢善治、同安藤忠雄、同大橋清吾、同中島弘等に組合が医労協に加入しないようにしてほしい旨の話をした。

当時給食係職場従業員は一二名で、上記五名は男子従業員の全員であったし、病院内では比較的年輩者の集まりであった。

(3) 昭和四五年四月下旬当時の組合書記長佐々木正良(以下「佐々木書記長」という。)は、院長室において病院長から現金のはいっている封筒の受領を求められ、同書記長が現金供与を受ける理由が明らかでないとしてこれを固辞しているところへ他の従業員が入室してきたので同書記長は、同封筒を受取らないで退室した。

同年五月二〇日頃、佐々木書記長は院長室において病院長から「お祝い」と記されている封筒の受領を求められ、同年五月五日出産した同書記長の妻の出産祝等の趣旨であるとする金一万円を受領した。佐々木書記長は、このとき以前にも妻の出産はあったが、その時は病院及び病院長から祝金の供与を受けていない。

(4) 昭和四五年四月下旬、当時組合の副執行委員長であった阿部は、病院長から阿部の住居新築祝等の趣旨であるとする金二万円の金員提供を受けた。

阿部は昭和四四年一二月に自宅を新築し、その際病院長から清酒、病院長夫人から花びんを贈られている。

当時阿部の賃金月額は二八、〇〇〇円程度であった。

4 伊藤寛三、伊藤誠等の組合脱退工作

(1) 昭和四五年五月二三日午後五時を過ぎた頃、前記伊藤寛三主任は、当日まだ給食の職場に残っていた前記富沢善治、大橋清吾、中島弘の三人に対して組合からの脱退を条件とする花巻病院を守る会(結成準備中との前提で)への加入をすすめていたところ、その場に労務員で病院の農場主任をしている伊藤誠が来て「一杯やりながら話をしたい」との持ちかけがあり、中島弘を除く四人はその場から料亭「みどり」に場所を変えて飲食しながら会談した。

この会談には上記四名のほかに給食の安藤忠雄、労務の伊藤喜市、同伊藤金蔵及び病院の農場勤務についている伊藤毅が参加した。

(2) 労務の伊藤金蔵は、同日五時半過ぎ自家の田植作業中であったところ、前記伊藤誠が来て、組合を脱退すれば一万円出すという趣旨のことをいわれて、誘われ、伊藤誠の運転する車で前記「みどり」に案内され会合に加わったものである。

(3) 会談の模様は、伊藤誠から「組合を脱退すれば一万円ずつ出す」との趣旨の話があった後、若干の質疑応答がなされ一部反対意見も出たが、結局同会合では結論が出るまでにいたらず、約二時間飲食して解散した。

このときの飲食費用について、伊藤金蔵は誰からも請求を受けなかったし、また、その費用を誰が負担するのかというような話もこの会合の前後を通じて聞かなかった。

(4) 上記会合に参加した伊藤寛三等八名及び中島弘は当時いずれも組合の組合員であったところ、農場主任であった伊藤誠は、阿部が病院を解雇になる直前に組合を脱退した。

このことについて、伊藤誠は、父の代から病院の世話になっていること等でいわゆる主従関係を重視するとの自己の考えを述べている。

なお、伊藤金蔵は昭和四六年四月に組合を脱退した。

5 病院の施設利用拒否

従来組合が大会や執行委員会を開催するについては、その都度病院の許可を得て講堂など病院の施設を利用していたが、病院は、昭和四五年六月頃から、組合活動に病院の施設を提供する義務はないとして、組合の施設利用を拒否している。

団体交渉についても、その会場は花巻デパートの貸室を使っている。

6 阿部の解雇について

(1) 阿部と病院長の関係

阿部は昭和四三年市営住宅に入居したが、約三カ月ほど居住しただけで病院長のすすめにより病院長宅の敷地内にある空屋に病院の費用で修理を加えた上で同年秋頃入居し、その後昭和四四年一二月自宅を新築して転居するまで家賃を払うことなく同家屋に居住していた。従ってこの間の阿部が、病院長の雑用を足すのは常で、病院長からは、阿部に対して贈りもののすそわけや入学、進学、卒業祝等金品の贈与がなされ、病院長と阿部との間は一般の従業員のそれとは異なる特殊な雇傭関係にあった。

また阿部は、後記のように巡回日誌をつけて病院長の検閲を受けていたので職務上も院長室に再々出入りしており、その際に病院長と業務上の外雑談を交す機会も多かった。

(2) 阿部の病院における職名と職務内容

阿部は昭和四一年三月初旬労務員として病院に就職した当初は、病院建物の外廻りの清掃等に従事していたが、病院長の命により同月下旬頃には建物内部の清掃等の労務に従事することとなり、あわせて女子労務員四名と男子労務員一名の指導的監督的立場にあって適宜病院内を巡回し、病室を除く廊下、階段、風呂場、トイレ等の清掃、清潔状態を日誌に記録し、病院長の検閲を受けていた。

昭和四三年か四四年の二月頃阿部は病院長からあらたに病室の管理係を命じられ、以後上記の仕事の外ハウスキーパー的仕事に従事するようになった。

また、昭和四二年頃から同じく病院長に命じられて七つの特室に付属している浴室の管理もしていた。

さらに阿部は、昭和四五年五月初旬から同年六月末にかけて、当時一週間のうち火木土に限って新設の重油ボイラーでわかしていた一般入院患者用の風呂をわかす仕事にも従事した。

(3) ハウスキーパーの名札と白衣着用について

阿部がハウスキーパー的仕事をするようになってから病院の総婦長佐藤ひさ(以下「総婦長」という。)は病院長の了解を得た上で、これを付けて病室を歩くようにとの趣旨のことを言って「ハウスキーパー」と記した名札を阿部に渡した。その後、阿部は医師用若しくは医療技術者用の着ふるした白衣を着用し、併せてハウスキーパーの名札を付けて病室等を巡回した。阿部が着用した白衣は最初は総婦長から給付を受けたもので、同婦長から二着と病院の労務課長小田島金男(以下「小田島労務課長」という。)から一着給付を受けている。

なお、当時病院内では阿部に対して「ペヤッコな院長さん」(小さな院長さんの意)というあだ名が付けられていた。このことについて、当時病院建物の外廻り掃除等に従事する労務員の責任者格であって後に阿部解雇後のハウスキーパー的仕事についた労務員伊藤貞勇は、阿部が病院長のいうことをみんなに忠実に守らせようとするから、同僚から煙たがられ「ペヤッコな院長さん」というあだ名を付けられた、という趣旨のことを述べている。

昭和四五年組合が賃上闘争中の六月一五日以前に、阿部は伊藤前事務長から、白衣の袖を引っ張られて「それはだめですよ」といわれ、またその後の別の日には同人から「医師も闘争に参加しているように思われるから脱いでくれ」といわれ、さらに同年九月か一〇月にも病院長から白衣を脱ぐよう注意され、以後阿部は白衣を着用しなかった。

阿部が伊藤前事務長から、それはだめですよと注意されたときは組合がリボン闘争中で阿部も白衣の上にリボンを付けていたし、同前事務長からその後の別の日に注意されたときは、白衣の上に闘争のワッペンを付けていた。

(4) 阿部と小田島労務課長との口論について

阿部がハウスキーパー的仕事をしていた当時、小田島労務課長の管理にかかる紙類を入れていた倉庫をあけ渡し、そこへ看護の方の衛生材料を入れるという倉庫の移転に際し、同課長からあけ渡された倉庫が掃除されないままの状態であったところ、阿部は同課長に対して「きれいにして返せ」と怒鳴り、同課長は「おれがぞうきんかけすればいいのか」と言い返し、互いにエキサイトして「前の事務長さんであればトイレの便器まで手を入れて洗ったそうだ」というような発言まで出て口論したことがあった。

(5) 一般入院患者用風呂の運営状況と同風呂わかし用重油ボイラーについて

病院では一般入院患者用の風呂を従来週二回わかしていたが昭和四四年一二月頃から週六回わかすようになり、同時に月水金を男、火木土を女の入浴日とした。月水金の男子入浴日には病院に七つある特室付属の風呂をわかすのに暖房用若しくは炊事用の熱源を使用していたので、一般入院患者用風呂にもこの熱源を使用していた。火木土の女子入浴日における一般入院患者用風呂の熱源は同浴室備付の重油ボイラーを使用しており、同風呂をわかすのは労務員佐々木ノブの担当であった。

この当時の同重油ボイラーは、操作も簡単であったから女子労務員でも容易に取扱えるものであった。

昭和四五年四月頃、病院は従来の重油ボイラーを廃し、新たに重油ボイラーを設置した。(以下「新設ボイラー」という。)新設ボイラーは、その操作について労働基準法上の有資格者を必要とするものではなく、女子労務員による操作も可ではあったが膨張タンク、温水タンク、温水罐(ボイラー)等を装備したもので従来のものより複雑な操作を必要とした。

(6) 阿部が新設ボイラーによる風呂わかしを担当するにいたった経緯

新設ボイラーが設置された際に工事を担当した株式会社鈴木鉄工所の係員は男女労務員三~四人にその操作方法を説明した。阿部と佐々木ノブもこの説明を聞き、阿部は操作方法を会得したが佐々木ノブは充分には会得しなかった。このことについて佐々木ノブは「鈴木鉄工の係員は、おって詳しく説明にいきますと言ったがいつきたのかわからなかった。その後阿部から、あなたはただ掃除をすればいいといわれ安心した。」という趣旨のことを述べている。

操作方法の説明を聞いた阿部は、新設ボイラーは女子労務員が操作するのは無理であると考えたとして、誰からも命じられたり、依頼されたりはしなかったが、自ら同ボイラーによる風呂わかしを担当するにいたった。阿部が新設ボイラーによる風呂わかしをしていることは小田島労務課長も当時これを目撃していた。

(7) 新設ボイラーによる給湯操作

新設ボイラーによる給湯の順序は、水道管(市水道または自家水道)から膨張タンクに水を揚げ、その膨張タンクから温水罐と称する重油ボイラーに給水され、加熱された温水は温水罐から温水タンクへ押し揚げられ、設定された一定の温度に達するまで温水罐と温水タンクの間を循環し、一定の温度に達したら温水タンクから給湯管を通じ浴室内にある給湯蛇口のコックを開いて浴槽に給湯を開始し給湯し終れば同コックを閉じて一回の給湯を終る。

温水タンクの容量は約二七〇リットルであり、浴槽の満配容量は約一、〇〇〇リットルであるから、入浴できる状態まで浴槽にお湯を満たすには上記により三回の給湯をすることとなる。一回分の給湯に要する時間は約一時間、コックを開けて閉じるまでの一回の注湯時間は七~八分間であった。

一日の給湯回数は、患者の入浴時間までに三回と入浴開始後一~二回の計四~五回であった。

(8) 阿部の給湯操作について

一般入院患者用風呂の入浴時間は通常午後一時から同四時までとなっており、阿部は火曜、木曜の両日は午前一〇時頃から、土曜日のみは午前八時半頃から同風呂たきにかかっていた。

浴室内蛇口のコックを開閉するには、浴室内の脱衣場を通って浴槽まで行かなければならないが、阿部が給湯操作をするに当っては、女子患者が脱衣中ないし入浴中であっても自ら浴室にはいってコックを開閉し、注湯中の七~八分間は浴槽をかくはんしていた。

阿部は某日給湯操作のため浴室に入った際に、入浴中の女子患者に対して、私がはいってくるのは嫌ですかと問い、同患者が嫌だという旨答えると、東京では三助がいて男でも、女でもあんまをしたり、背中を流したりしている、という趣旨のことを話した。

上記阿部の行動について、昭和四五年六月二七日病院の総婦長が女子患者三名から事情を聞いたところ同患者等は「私達でできるのに、蛇口をひねったり板でかきまわして、少しでも長くいようと思うんだか」とか「わざとはいってきて、熱いかぬるいかなんて…」とか「いっしょにはいって背中流してあげるかっていう…」とか「ときどきわざと変なことを言う…」等の趣旨のことを述べた。

(9) のぞき見について

浴室とボイラー室は鉄網入りモルタル塗り片側タイル張りで、完全に仕切られているが、いつ頃からか水道蛇口を新たに通した際に穴があけられ、そのすきまが埋められないままになっており、その穴はボイラー室の方からのぞけば浴室内に立っている人の下半身が見える程度のものであった。後記患者からの苦情の中には、このすきま穴から浴室をのぞかれているとのこともあり、病院側の調査に対して阿部は、ボイラー室で腰を掛けて休んでいると浴槽に入っている人がばくぜんと見えるので、このすきま穴をふさごうとして白セメントで修理を試みたが失敗したので布をぶらさげておいた、と述べている。

(10) 阿部の給湯操作に関する病院側の調査

一般入院患者用風呂たきは勤務中の阿部の行為につき患者側から苦情が出て、昭和四五年六月二四日総婦長からの報告でこれを知った副院長は、総婦長と小田島労務課長に事実の調査を命じた。

総婦長は同月二七日女子患者三名から事情を聞き、小田島労務課長は阿部から事情を聞くとともに浴室現場についても調査した。

この当時病院労使間では賃上交渉が行われており、同年一〇月地労委の調停案が出て解決するまで争議状態であったが、同争議の終了した時点で副院長は同年一〇月二七日、二九日及び同年一一月四日の三回阿部自身から事情を聞いた。

(11) 副院長の阿部に対する調査

副院長が阿部から事情聴取するに際しては、昭和四五年一〇月二二日付、労務課長小田島金男名による労務阿部正見あて「通知書」と題して下記内容を記した文書通知により第一回目の調査を開始している。

(通知書の内容)

かねて口頭で通知致しましたが、下記の件につき裁定を行うための事情聴取を昭和四五年一〇月二七日(火)午後二時より花巻病院応接室で行いますので定刻に応接室に出頭して下さい。尚後見人として花巻病院従業員のうちから貴殿が随意に選任した方を一名同道しても差しつかえありません。

女子患者入浴時の猥褻等の行為により女子患者数名より要求された懲戒免職の件について

副院長の三回にわたる調査は、小田島労務課長立会いで、当時組合の執行委員長であった菊池英雄が阿部に付添って行われた。阿部はこの調査中副院長に対して反抗的態度に出ることも再々であった。

一一月四日に行われた第三回目の調査において副院長が阿部に、阿部が小田島課長に、私よりももっと悪いことをしてる奴がいると言ったそうだが、との趣旨の問いをしたのに対して阿部は「うん、まあ、私のような状態のことがあったっていうことは言いました。」と答え、日時は不明だが病室に痴漢があらわれてさわがれた事件(強姦未遂事件)について、おんなじような状態の、そういうものを調べたらいいのではないかと言ったのである、という趣旨のことを答えた。これに対して副院長が「おんなじような状態とはどういうことか」との質問に阿部に付添っていた菊池英雄が「阿部のやった行為が犯罪価値があるとするなら、痴漢の方も同じ犯罪価値があると認めていいんじゃないか、調べるとすれば、阿部のことを調べると同時に、そういう実例も調べたらいいじゃないか。不公平なしの処置ということで」との趣旨の説明を加え、副院長が「そういう意味ですか、あなたのいうことは」との問いに阿部は「そういう話をしました。」と答えている。

上記一一月四日の調査について副院長は「のぞいて見た、あるいは立入っていやがらせをしたということについて、反省がないうえに、強姦未遂事件もそれが当然のことと、犯罪価値はないと思っていたからこそ、同じ程度に犯罪価値があるなら調べろと言ったんだと思いまして、実は、その時点になって、この状態では、この人は病院の従業員としてはふさわしくないというふうに考えるにいたったのでございます。」と述べている。

第2 判断

1 病院長の佐々木書記長と阿部に対する金銭提供について

病院長が佐々木書記長に対して昭和四五年五月二〇日頃出産祝等の趣旨であるとして金一万円を提供したこと、並びに、阿部に対して同年四月下旬新築祝等の趣旨であるとして金二万円を提供したことは争いのない事実であるところ、佐々木書記長の場合は、同年四月下旬に院長室において病院長から趣旨不明の現金の受領を求められたが、佐々木書記長は一旦その受領を固辞し、その後同書記長の妻が同年五月五日出産したところ、同月二〇日頃に出産祝金として提供されたのでこれを断る理由がなく受領したものと認められる。そうだとすれば、従前には供与された事例のない出産祝金を提供されたのであるから、前記第1の3の(1)に認定の、組合結成の前後を通じて病院長が佐々木書記長を含む組合の三役に医労協への加入を阻止するように話した事実にてらし勘案すれば、佐々木書記長に金一万円を提供した病院長の行為は、利益誘導をもって佐々木書記長に働きかけ組合の医労協加盟を阻止しようとした意図に基づくものであると認められる。次に、阿部の場合においても、阿部が住宅を新築したのは昭和四四年一二月で、その際に病院長夫妻から祝の品を贈与されているのであり、四カ月を経過した翌年四月になって再び新築祝金であるとして、当時の阿部の賃金月額が二万八千円程度であったのに対して二万円という祝金にしては多額に過ぎる金員提供をした病院長の行為は、前記第1の6の(1)に認定の阿部と病院長との特殊な雇傭関係を考慮に入れてもなお相応の理由が認められず、結局、佐々木書記長の場合と同旨の行為というべきである。

ところで、病院長は上述のように利益誘導をもって両名に働きかけ組合の医労協加盟を阻止しようとしたのであるが、結果において組合は医労協に加盟したのであり、また、佐々木書記長の場合は組合が医労協に加盟した後の金銭供与であったわけで、結局、病院長の本件行為は組合の運営に介入はしたがこれを支配するまでには至らなかったものである。病院はこの結末だけをとらえて組合は既に上部団体に加入しており病院はこれに対する妨害はしない、と主張するが、その趣旨は病院長の行為は結果として組合の運営を支配し得なかったのであるから言論の自由の範囲内である、との主張とも受取れる。しかし、組合の運営を支配するまでにいたらなくても介入すること自体不当労働行為であることはいうをまたず、しかも、上述病院長の行為は利益誘導を用いて組合の運営を支配しようとした介入行為であるから明らかな労働組合法第七条第三号に該当する不当労働行為である。

2 組合の上部団体加盟阻止のために病院長が働きかけた発言について

病院は、病院長が組合の医労協加盟を好ましくないものとして働きかけたことは言論の自由の範囲内であって不当労働行為ではない、と主張するが、前記認定のように昭和四五年四月頃組合が医労協に加盟した前後において、病院長は当時の組合三役に対して医労協への加盟を阻止するようにとか、上部団体には加入しないようにとの趣旨の話をし、同月中旬頃には、比較的年輩者の集まりであった給食係職場の男子従業員全員である五人に対して院長室において、医労協に加入しないようにしてほしい旨の話をしたのであるから、病院長のこれらの発言の趣旨は、組合内部における指導的立場にある組合三役のその立場と指導力に期待し、また、給食係の五人については、それらの者が年輩者である故の発言力を期待し、さらには、院長室において話をすることにより病院長たる地位のもたらす無形の圧力をも考慮にいれて、組合が医労協に加盟しないことの結果を具体的に求めたものというべきで、組合の運営を支配介入する意思のもとになされた発言であり、明らかに言論の自由の範囲を越えたものである。従って、これら病院長の発言もまた労働組合法第七条第三号に該当する不当労働行為である。

3 伊藤寛三、伊藤誠等の組合脱退工作について

昭和四五年五月二三日給食係主任伊藤寛三が就業時間後の給食係職場において、同職場従業員富沢等三名に対し組合からの脱退を条件とする花巻病院を守る会への加入を勧めていたこと、及び、その場に来た農場主任伊藤誠の主唱により引続き料亭「みどり」において伊藤寛三等八名の組合員が集まって開催された会合で、上記伊藤誠から「組合を脱退すれば一万円ずつ出す」との趣旨の話があり討議の行われたことは前記認定のとおりである。申立人は、上記伊藤寛三と伊藤誠の行為は病院長の指示によるもので、「みどり」での会合は病院長の財政的支援も加わって開催されたものであり、病院の支配介入行為責任は免れない、と主張するが、花巻病院を守る会の結成をすすめていた上記伊藤寛三が病院の指示を受けたと信ずるに足る裏付けはなく、また、「みどり」における会合費用が病院または病院長から財政的支援を受けていたかどうかについて、なるほど同料亭において八人の者が二時間飲食したその費用を誰が支弁したか明らかでなく、参加した者のうち費用の負担を求められなかった者がいること、伊藤誠個人が負担することは無理であると思われること、及び、伊藤誠の話の中で脱退すれば一万円ずつ出すというその資金の出所の説明がなされなかったこと等不審な点は認められるが、これらの財政的支援が病院または病院長によってなされたとの疎明も得られなかったし、かつ、同会合では一応反対意見も出されて討議が行われた事実も認められるので、同会合が会合者の自主的に開催したものではないと断定することにも無理がある。従って、この件に関する申立人の主張は認められない。

4 施設利用拒否について

病院が昭和四五年六月頃から病院の施設を組合活動のために提供する義務はないとして、組合の病院施設利用を拒否していることは争いのない事実であるが、このとき以前の病院における労使慣行としては、組合の執行委員会、大会開催の用にその都度病院の許可のもとに施設を利用させていたことが認められる。このように病院は従来の労使慣行を無視して昭和四五年六月頃以降組合に対して病院施設貸与の態度を改めたのであるから、その真意を検討する。

上記のように病院が態度を改めた時期は、従来病院の労使関係において前記第1の2の(2)前段に認定のようにワンマン的存在であった病院長から副院長が労務担当理事になって労務関係一切を受継いだ直後であるが、これは、最初医労協指導のもとに結成された組合を嫌った病院長等病院側の働きかけにより新たに企業内組合が結成され、以後数年間は病院長の意に副った労使関係が続いていたところ、再び昭和四五年三月医労協が介入することとなり、遂には同年四月頃組合は再度医労協に加盟し、同年五月頃これを知った病院は、対組合態勢を整えるとともに病院施設を組合に利用させないことによって組合活動の弱体化を企図したものと認められることの外病院の施設を組合に利用させることの出来ないとする特段の事情変更は認められない。

よって、従来の労使慣行を無視し、組合活動に病院施設を提供する義務はないとして、特段の理由もなしに組合の病院施設利用を拒否する病院の行為は、組合の運営に対する支配介入行為であって労働組合法第七条第三号に該当する不当労働行為である。

5 阿部正見の解雇について

(1) 阿部が上司の指示・命令を受けることなく佐々木ノブの担当であった一般患者用浴場の管理を、新設ボイラーが更改設置された後の昭和四五年五月初旬から約一カ月間担当したこと、同ボイラーによって同浴場の湯をわかしていたのは一週間のうち火木土の三日間で女子患者の入浴日であったこと、及び、阿部が女子患者入浴中に浴室にはいって給湯操作をしたことは争いのない事実であり、阿部が新設ボイラーによる風呂わかしを担当するに至った経緯、新設ボイラーによる給湯操作、阿部の給湯操作状況及び浴室とボイラー室を仕切っている壁に水道管を通した際に開けられた穴のすきまが塞がれておらず、のぞけば浴室内が部分的に見えることは前記認定のとおりであるところ、被申立人は、阿部が病院職員としての適格性を欠くので解雇した、と主張するので以下判断する。

(2) 先ず、病院が解雇事由として主張する事実について検討する。

(イ) 阿部が上司からの指示・命令のない浴場の管理の仕事をしたとの事由について

一般入院患者用浴場のボイラーが更改新設された当時、阿部は前記認定のように、労務員として、病院建物内の清掃等に従事している女子労務員等の指導的・監督的立場にあってハウスキーパー的仕事をし、特室付属の浴室管理をしていたのであるが、これらの仕事はいずれも阿部が病院長から直接命じられた仕事であり、巡回日誌についても直接病院長に提示して検閲を受け、かつ、指示を与えられていたことが認められる。すなわち、阿部と病院長との特殊なつながりは、前記第1の6の(1)に認定の範囲に限らず仕事の上でも阿部と病院長とは直結した労使関係ともいうべき実情であったと認められる。

以上のように病院長から特別の扱いを受けていたが故に阿部は自己の立場を誤認し、本来であれば直属上司である筈の小田島労務課長に対してさえも前記認定の事実にみられるような態度を示したり、伊藤前事務長の注意をも聞き入れようとしなかった高慢な態度を示すようになったものと認められる。その反面前記認定の伊藤貞勇証言にもみられるように、阿部が職務を行うに当っては病院長の意に副うよう忠実に努めていたであろうことも容易に推認される。

阿部が新設ボイラーの操作説明を聞き、女子労務員が担当することは無理であると判断し、自らその操作を担当するに至ったことは上述のような労務管理のもとにおいて自己の立場を誤認していた阿部がその職務を全うしようとの善意から出たものであることと理解するに難くない。ただ、従来の例からみて少くとも病院長の指示を受けるのが至当であったのにその手続をとらなかったことの非難は免がれない。しかしながら、病院長の阿部に対する特別の扱いが阿部をして自己の立場を誤認せしめ、その誤認が上記のような多少の非難を免がれない結果を生ぜしめるに至ったのであるから、これらはいずれも病院の労務管理の欠陥に起因するといえるのであり、これが責を一方的に阿部にのみ負わせるのは適当でない。

(ロ) 新設ボイラーは女子労務員が操作することを前提として設計したもので、事件発覚後佐々木ノブが従前どおり担当しているがなんら支障はない、との事由について

新設ボイラーの設置に当った株式会社鈴木鉄工所の社長の証言によれば、新設ボイラーは女子労務員が操作しても差支えないという程度の趣旨の証言はあったが、取替え前のボイラーより複雑な操作を要することは前記認定のとおりであり、佐々木ノブの証言によっても、阿部から、新設ボイラーによる風呂わかしは阿部が担当するからあなたは掃除だけすればよい、という趣旨のことをいわれ安心した、と述べているとおりであって、病院のこの点に関する主張は必ずしも当を得たものではない。

(ハ) 女子患者入浴中の浴室に出入りして管理しなければならないとする理由はなく、医師が患者を診察治療するために裸体ならしめる場合にもこれを最少限度にとどめて患者に無用の羞恥心を与えることのないよう配慮しているので、阿部の行為は病院の従業員として著しく非常識であり、病院の名誉を傷つける行為であったとの事由について

阿部が新設ボイラーによる風呂わかしを買って出たそのことは全くの善意からであると認められること前述のとおりであるが、その作業に実際従事するに及び女子患者が入浴を開始した後も入浴開始前と同様に浴室に出入りして業者から説明を受けたとおりの給湯操作をしたことについて、阿部が入浴中の女性の身になって考えたならば当然浴室に立入らなくても給湯操作をすることは可能であったのに、職務上の措置であると言訳ができると意識し、これを奇貨として不必要に女子患者入浴中の浴室にとどまって作業をし、前記第1の6の(8)に認定のような女子患者に対するざれ言を言ったりしたこともあったと認められること、及び、浴室とボイラー室を仕切っている壁にできたすきま穴についても、阿部は修理を試みたが失敗したので布をぶらさげておいた、と述べているが、ハウスキーパー的仕事をしていた阿部を布をぶらさげただけですきま穴を塞ぐために適当な措置をとらなかったことについては納得できるものではなく、女子患者ののぞき見されたとする苦情は真実と認められるので、これら二点に関する限り阿部に弁明の余地はないものと認める。

ところで、阿部が一週のうち火木土の女子患者入浴日における一般入院患者用浴場の管理を担当していたことは、前記認定のとおり小田島労務課長の知るところであり、阿部と病院長との特殊な従属関係からしても阿部の同風呂管理を病院長が一カ月にもわたり関知しなかったとは到底認められない。しかるに、病院はこれを女子患者から苦情が出るまで放置していたのであるから、この件に関しては病院にも労務管理の面で重大な手落ちがあったというべきで、責任のすべてを阿部にのみ負わせるのは適当でない。

(3) 病院は、前記各事由のほかに、阿部は自己の行為について理解も反省も全く見られなかったと主張するが、阿部の給湯操作等について女子患者からの苦情申出があって阿部が病院側から調べられたのは、同苦情申出のあった昭和四五年六月の時点で小田島労務課長に事情を聞かれ、その後四カ月経過した一〇月にいたり再び副院長が調べるということで前記認定のように阿部に出頭を求める通知書が出され、その通知書には「懲戒免職の件」という字句が使用されていたから、前記認定の阿部と小田島労務課長との口論にもみられるように直情径行的な性格の持主である阿部が、懲戒免職という字句に反発し、副院長の調査に対して不信の念でその場に臨み、調査の過程で反抗的態度を示したことは、病院の姿勢にも問題がなかったとはいい得ない。また、このこととその後も阿部が謝罪しようとしないとして阿部に全く反省がみられないという点については、本件審問の際に阿部が、今になって考えれば自己の配慮が足らなかったと思う、と述べていることからみても、当時反省がなかったというよりは阿部の性格として反省の態度を示し得なかったものと考えるほうが自然である。阿部を重宝して数年にわたり身近かに雇傭してきた病院長としては当然阿部の性格を了知していたであろうから、病院の側に多少とも思いやりがあったなら阿部の態度について理解できる面があったのではなかったかと思われる。

次に、阿部は自己の行為を理解していないという点であるが、これは、副院長が阿部に対する調査を実施した第三回目昭和四五年一一月四日の調査において、阿部が副院長に述べたことを、副院長は「女子患者から苦情の出た阿部の行為と強姦未遂事件は同程度の犯罪価値であり、ともに犯罪価値はない」という趣旨に受取ったとし、阿部は自己の行為を理解していないと判断した、というのが病院の主張の根拠と認められる。ところで、阿部が上記一一月四日の調査において述べた事実は前記第1の6の(11)中段に認定のとおりであり、同発言の趣旨が「病院内で起きた患者に対する強姦未遂事件については調べなかったのに、なぜ阿部の行為についてのみ再三にわたり調べるのか」との詰問の意味であることは容易に理解できるのであるから、病院の方こそ阿部の発言の趣旨を曲解しているのであって、この点に関する病院の主張には理由がない。

(4) 以上のとおりであるから病院の主張する解雇事由は全体をとおしてみると解雇に価するとは認められない。

ところで、病院が阿部の解雇を決意したことについて副院長は、本件審問において「のぞいて見た、あるいは立入っていやがらせをしたということについて、反省がないうえに、強姦未遂事件もそれが当然のことと、犯罪価値はないと思っていたからこそ同じ程度に犯罪価値があるなら調べろと言ったんだと思いまして、実は、その時点になって、この状態では、この人は病院の従業員としてはふさわしくないというふうに考えるにいたったのでございます。」と述べているとおり、病院が最終的に阿部の解雇を決意したその趣旨が、阿部のこの種所業の再発をおそれたが故であるとするなら、それは病院の曲解に基づく誤った認識である。すなわち、もともと本件阿部の所業は、新設ボイラーが病院主張のように女子労務員が操作することを前提としたものであり、病院における労務管理が普通に行われていさえすれば、阿部をして女子患者入浴日の浴場担当の業務に就かせることもなく、本件問題となった阿部の所業も起り得なかったわけであるし、将来のことについては阿部をその業務に就かせないことによって本件同種の所業は未然に防止できるわけである。ただ、阿部が真実強姦未遂も本件阿部の所業も同一程度の犯罪価値でともに犯罪価値がないと認識しているとすれば職場を変えても同種の所業を繰返すおそれがあるということもいえないわけではないが、この点については前述認定のとおり病院の曲解であるからその懸念は無用というべきである。

そもそも、労働者に対する解雇処分は、当該労働者にとってその履歴が再就職にも影響し引いては当該労働者のみならずその家族を含めた者の生活の手段を奪うに等しい重い処分であるから、使用者はその雇傭する労働者を解雇するについてはより慎重でなければならない。一般に企業がその従業員を当該企業の従業員として不適格であるとして企業外に排除しようとする場合でも、先ず減給、休職等の処分により警告を与え、なおかつ反省の色が見えない場合でなければ解雇処分に付するということのないのが通常である。しかるに本件の場合は、阿部の所業が病院の主張とおりであったとしても、使用者側としての責任については全く省みることなく、また他の手段をとることもせずいきなり解雇処分を付したことは、あまりにも酷に過ぎるというべく病院の措置は尋常とは思われない。そうだとすれば、病院が阿部を解雇したについては別に理由があったと認めるのが相当である。

よって按ずるに、本件阿部解雇の真の理由は、前記第1の1の(3)、同第1の2の(1)乃至(3)及び同第1の3の(1)、(2)並びに(4)の各事実と本項における上述認定とを総合して考慮すれば、阿部が、阿部を重宝して特別に目をかけてきた病院長の意図に反して、組合の医労協加盟阻止の努力をしなかったり、病院の嫌悪する医労協加盟下の組合副執行委員長として組合活動することを嫌い、阿部を排除することによって組合の活動力を弱めようと図った故であると認めるに十分である。よって、病院が昭和四五年一一月六日阿部を解雇したことは労働組合法第七条第一号及び第三号に該当する不当労働行為である。

6 なお、申立人は、本委員会が認定した不当労働行為について、主文同旨の救済のほかに、組合の上部団体加入を妨害しないことの不作為命令及び誓約文の掲示を求めているが、不作為命令については現実に組合が上部団体に加盟していることから、誓約文の掲示については被申立人が病院であるという事情により患者に与える心理的影響が治療効果に及ぶ可能性も配慮すべきであるとの見地も含め、主文のとおり命ずることによって十分であると判断した。

第3 法律上の根拠

上述の事実認定及び判断に基づき労働組合法第二七条並びに労働委員会規則第四三条を適用して主文のとおり命令する。

昭和五〇年二月一九日

岩手県地方労働委員会

会長 青山金一郎

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